メタバースは、単なる仮想空間を超え、新たな経済圏やコミュニティを生み出す可能性を秘めたプラットフォームとして、注目を集めています。
しかし、魅力的な空間を構築するだけでは、持続的な人気を維持することは困難です。
成功の鍵を握るのは、ユーザー自身がその空間の「広告塔」となるような仕組み、すなわちSNSでの情報発信(UGC)をいかに促進するかという点にあります。

本記事では、特にメタバース特有の「アバターを主役としたシーンをシェアしたい」というユーザー心理に着目し、その心理を理解した上で「SNSでシェアしたくなる撮影スポット」を設けることの重要性と、その具体的な効果について、事例を交えながら詳細に解説していきます。

私たちが日常的に利用するSNS、例えばInstagramやX(旧Twitter)では、美しい絶景、洗練されたカフェのインテリア、美味しそうな料理の写真などが数多く投稿されています。
もちろん、友人との集合写真や自撮りも多く投稿されてますが、「モノ」や「風景」そのものの美しさや面白さを切り取り、自分自身は敢えて写り込まずに共有する、というスタイルも一般的です。
被写体そのものの魅力を客観的に伝えたい、あるいはプライバシーへの配慮や自分が写るのは恥ずかしいから、という理由もあるでしょう。

ところが、メタバースの世界に足を踏み入れると、このSNSシェアの文化は様相を一変させます。
メタバース内での体験がシェアされる際、圧倒的多数のユーザーが、その写真や動画の中心に自身のアバターが写っているのです。
この背景には、メタバースならではの、現実世界とは本質的に異なるいくつかの理由が存在します。

1. アバターを通じた自己表現

多くのメタバースでは、ユーザーは豊富なカスタマイズ機能を駆使して、自分の理想や個性を反映したアバターを作り上げます。
髪型、服装、アクセサリー、時には体型や表情に至るまで、こだわりを持って作り上げたアバターは、ユーザーにとって重要な自己表現の手段です。
そのため、作り込んだアバターを他者に見てもらいたい、そのアバターで様々な活動をしている姿を披露したい、という欲求が生まれます。

2. アバターは「そこにいる自分」そのもの

現実世界では、私たちは物理的な身体をもってその場に存在します。
しかしメタバースにおいて、ユーザーの存在証明はアバターに他なりません。
アバターは単なるキャラクターではなく、ユーザーがその世界で活動し、他者と関わるための「身体」であり、「自己の投影」です。
そのため、メタバースでの体験を記録する際、「私が(アバターとして)そこにいた」「私がそれを体験した」という証拠として、アバターをフレームの中心に収めることは極めて自然な行為なのです。

3. 「体験」の記録と共有

メタバースでの活動は、単に景色を眺めるだけでなく、オブジェクトを操作したり、イベントに参加したり、他のアバターと交流したりといった「能動的な体験」が中心となります。
ユーザーがシェアしたいのは、美しい背景そのものだけでなく、「その背景の中で、私(アバター)が何をしたか」という物語です。
ジャンプする、ダンスする、特別なアイテムを使う、フレンドと肩を組む――。
こうしたアバターの「アクション」や「インタラクション」を含めて撮影することで、体験の臨場感や楽しさがより豊かに伝わるのです。

これらの理由から、メタバースにおける写真・動画撮影は、本質的に「アバター中心主義」とならざるを得ません。
ユーザーは、アバターを通して世界と関わり、自己を表現し、体験を物語として紡いでいくのです。

この「アバターを含めてシェアしたい」というユーザー心理に応え、そのポテンシャルを最大限に引き出すのが、「撮影スポット」の役割です。
これらは、単に背景が綺麗な場所というだけでなく、アバターという存在を主役として輝かせるために、意図的に設計された場所であるべきです。

具体的には、以下のような要素が考えられます。

  • 構図の配慮: アバターを配置したときに、背景とのバランスが良く、魅力的な構図になるように設計された場所。
  • インタラクティブな仕掛け: 近づいたり、特定のアクションをしたりすると、アバターが特別なポーズやエモート(感情表現)を自動的に行う仕組み。
  • 専用ポーズ・エモート: その撮影スポットでしか利用できない、ユニークなポーズやエモートの提供。
  • 複数人向け設計: フレンドと一緒にポーズを取ったり、集合写真を撮ったりしやすいようなスペースや機能。

これらの工夫により、ユーザーは「ここで撮りたい!」という強い動機を持ち、よりクオリティの高い、シェアしたくなる写真を簡単に撮影できるようになります。

筆者が作成したメタバース温泉空間「カピバラ温泉」は、この「アバター中心」のシェア文化を象徴しています。
ユーザーたちは、単に温泉からの景色を撮るのではなく、自身のアバターが湯船に浸かってリラックスしている姿や、休憩所のマッサージチェアでくつろいでいる様子を意図的に切り取り、SNSで共有していました。
これは、彼らがその空間で得た「心地よさ」や「癒やし」といったポジティブな感情を、アバターの姿を通して追体験し、他者にも伝えています。

メタバース空間の設計において、「アバター映え」する撮影スポットを戦略的に組み込むことは、開発者・運営者にとってもメリットをもたらします。

  1. 広告費ゼロのプロモーション: ユーザー自身が、最も効果的な広告塔となり、自然な形で空間の魅力を拡散してくれる。
  2. 新規ユーザーの獲得: SNSで魅力的なアバター体験を目にした潜在ユーザーが、興味を持って空間を訪れるきっかけとなる。
  3. ユーザーエンゲージメントの深化: 撮影という目的意識が、ユーザーの探索行動を促し、滞在時間を延ばし、空間への愛着を育む。
  4. 活気あるコミュニティの醸成: 共通の撮影体験や写真のシェアが、ユーザー間のコミュニケーションを活性化させ、コミュニティの一体感を高める。
  5. 空間価値の向上: 魅力的な撮影スポットは、メタバース空間そのもののコンテンツ価値を高め、他の空間との差別化要因となる。

まとめ

メタバースが真に人々を惹きつけ、活気あるコミュニティを育むためには、現実世界の模倣に留まらず、メタバースならではのユーザー心理、すなわち「アバターを通して自己を表現し、体験を共有したい」という根源的な欲求に深く寄り添う必要があります。

美しいグラフィックや高度な機能も重要ですが、それ以上に、ユーザー(アバター)がその世界でどのように輝き、どのような物語を紡ぎ、そしてそれをどのように他者と分かち合いたくなるかを考え抜くことが重要です。

「アバター映え」する撮影スポットを戦略的に設計・配置することは、単なる付加機能ではありません。
それは、ユーザーの創造性を刺激し、コミュニケーションを誘発し、空間全体の魅力を増すための、有効な設計です。
メタバース開発は、美しい空間設計だけでなく「そこでどのような体験をしているかシェアしたくなるような設計」が重要です。

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